2008/08/08 (金)
◆ [Internet] 人物写真の楕円形切り出しはなぜダサく感じるのか - 23:36:11
ITmediaで最近、人物の写真が楕円形に切り出されていることがよくあります。岡田記者の記事で初めて見たと記憶していますが、今は他の記者もしばしばそうしているようです。しかし、これを見るたびに、果てしなくダサいと感じる自分がいます。なぜダサいと感じるのか考えてみました。すげー時間の無駄。
まず、楕円形に切り出していても、PC上の画像データは矩形でしか作成できないので、四隅は空白で埋められることになります。まずこれがダサい。容量は食うのに情報が無いのです。ただ、JPEGでは圧縮がよく効くはずなので容量的にはさほど大きな問題ではありませんが。ただ、JPEGには透過機能が無いので、将来もしも配色が変化したときに、この四隅が真っ白に表示されてしまいます。そうなるとよりダサく見えることでしょう。それを想定できていない記者の無能さが今でもダサいのです。
次に、「集合写真の日に欠席した人」に見えてしまうことがダサい。皆さんも記憶にありませんか、クラスの集合写真を撮影する日に欠席してしまって、別途撮影の上空中に合成されてしまったあの悲しさ。あ、念のため申し上げておきますが私はそんな経験ありませんよ。本当ですよ。私がいた高校では、その合成された生徒の写真は楕円形に切り出されていたのです。はっきり憶えていませんが、アルバム上の個別写真もそうだったかもしれません。
また、下手をすると「遺影」に見えてしまうのがダサい。というか失礼。実際には遺影は楕円形に切り出されていることはそう多くないはずですが、本人以外の情報が欠落した画像である、という点には共通性があると思います。そのため、本人以外の情報が欠落した画像は私には遺影に見えてしまうのです。インタビューや講演を行った場所の雰囲気など、何らかの情報を本人の周囲に写しこむことは可能なはずです。ジョブスの基調講演の画像ではいつも演台に立っているところが写されているはずです。それにはそうした意味があるからでしょう。
そもそもかっこよくもないおっさんの顔写真を記事に掲載する必然性が無いのに無意味に掲載しているのがダサい。そのおっさんの顔なんて情報がその記事にとって本当に重要なことなどほとんどありません。これは楕円形に切り出されていなくても同じなのですが、楕円形に切り出すことで本人の顔という情報しかない画像になってしまうことでより強調されてしまうのです。
長々と述べてきましたが、とにかくダサくて、そんなダサい画像を必然性も無く掲載できる感性が気持ち悪くて仕方がありません。何とかして!
◆ [Life] うだうだ - 21:16:53
あまりの暑さにだらけてます。うだうだ。今年も仙台にしては暑いです。





